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センテンス・オータム

ディープ・マニアック・鋭く「DMS」 様々なアレについて... (シーズン中は野球ネタ多し)

【山谷のヤマ男】 多田裕美子

早朝の西武新宿周辺。まだ車の往来が少ないのもあって、カラスの鳴き声が不気味によく通る。路上を横たわる人を、もはや気に留めることもなく、ビジネスマンたちは足早にその場を去ってゆく。かつて新宿に通っていた私にも、それは見慣れた光景だ。

 

不思議だった。

明日食べるものにも困っているような人が、どうして酒なんか吞んでいるのか‥‥。真昼間から酒を呷っているのを、新宿以外の地、上野池袋あたりでも度々見かけたから。隣を歩いていた知人にそのことを尋ねると、クールにこう返してきた。

 

『だから、あぁなったんでしょ』

 

だから、あぁなった‥‥最終的に、なるほど。無計画人間の成り果て。

しかし皆が皆、無類の酒好きというわけでは、ないのかもしれない。厳しい現実から、たとえ一瞬でも逃れるための、「逃避」の手段として用いられる酒。よって、酒が手放せなくなる‥。点と線が繋がった。

 

現実と向き合おうとしない‥いや、それすらもう疲れてしまったのであろう方々を、ひたすらファインダーに収め続けてきたカメラマン。山谷で両親が丸善という名の食堂を営んでいた、多田裕美子著。現実逃避する彼らを、幼き頃から身近にみてきた多田氏の【山谷 ヤマの男】を読んだ。

 

 

山谷 ヤマの男 (単行本)

 

 

“撮り手”の技量だろうか。傍から見れば、決して仕合わせではないはずなのに、カメラに収まる数多の男たちから、なぜか「負」のオーラは、ほとんど漂ってこない。

深いシワが刻まれた、シワクチャな笑顔。ハンチング帽をかぶった、まるで芸能人気取りのような者。お金なんか持っていないくせに‥やっぱり、ワンカップを手にしている解りやすい者。

 

ここに至るまで一体どんな「物語」があったのだろうと、著者は敢然と取材を試みるも、男たちから語られる言葉は「若いころ有名人と親交があった」「ボクシングのチャンピオンだった」等々、多くが“虚言”とも受け取れるものばかり。なかには「俺は(魔法使い)サリーちゃん」と口にする怪しい男まで、いる。‥たしかにホラ吹きが多い印象は勝手に持っていたけれど、これほどまでとは思わなかった。

 

ただ、こうでもないと山谷という地ではやっていけないのだろう。自分を強く見せたがる、プライドの高さだけなら誰にも負けない「同志」たちと酒盛りを続ける日々は、たしかに愉しそうでもある。

 

その一方、行政の目がなかなか行き届かないことにも触れ、山谷はかつての「労働者の街」から老いと病に苦しむ「福祉の街」 に変わってしまったという文章が、やたら印象的だった。

彼らをただ好きなようにやらせ、私たちもただ“放置”するのは、だんだんと難しくなってきているのが現状だ。スカイツリー建設で隅田川の周辺を追い出されたホームレス。今後は東京五輪開催によって、また同様な問題が表面化していくことも考えられる。

 

事前に「実態」を知っておくのにも、こうした本は有意義となるだろう。