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センテンス・オータム

ディープ・マニアック・鋭く「DMS」 様々なアレについて... (シーズン中は野球ネタ多し)

夜中の「F」なつぶやき

もはや、使い古された感のある言葉であるが、覚醒‥したのだろうか

 

 

まさかまさかの、大田泰示(26)である。17日夜に放った4号ホームランは、5月半ばにして早くも自己最多タイの本数。打率も2割5分にまで押し上げてきたw

下位に低迷し続けるチームにあって、大田の存在が明るい光を灯した。久々に打席を「見たい」を思わせてくれる選手。今夜も、彼の打席をみるために、ビデオで何度も振り返った。私が負け試合にも関わらず、こんなことをするのは他に、大谷翔平くらいだ。

 

近ごろは不動の中堅手として、7番に居座り、このまま出場を続けていけば彼にとって“未知”の世界である規定打席にも、あるいは到達するかもしれない。

 

なんなん?絵に書いたようなサクセスストーリー。大巨人軍の重圧から解放されて、栗山に預ければ、ちょっとは“まともに”してくれるだろう‥‥おそらく、多くの野球ファン方は、そんな生ぬるい目で彼を見守っていたはずなのに。大田が早々に結果を出し始めてしまった。

 

 

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だが、まだまだ油断はならない。今の大田泰示には、若干「藤王臭」がしている。

 

藤王康晴(ふじおう やすはる)。愛知・享栄高校から1983年ドラフト1位でドラゴンズに入団。中日球団とは相思相愛、「逆指名」に近いカタチだったと記憶している。のちに『最高にもったいなかった素材』(※1)と、球団関係者を悔しがらせた藤王は、結局、地元ファンの期待に応えることなく、7年後に日本ハムへトレード移籍。

 

ここまでの経緯は、極めて大田と酷似している。藤王はさらに、移籍初年度の春先にポンポーンとホームランを連発して、一時はウインタースのあとの、5番をも任されていた。5月30日には自己新となる3号を、ロッテの新人・小宮山悟から記録‥‥。

ついに「開花」か? 誰もがそう思った。一本足打法の藤王に、なぜだかオレンジのユニフォームがよく映えて、かっこよかった。しかし、「進撃」もそこまで。以後、彼のバットはすっかり鳴りを潜めてしまったのである。

 

 

近ごろの大田のインパクトも凄まじいものがあるけれど、これをいつまで持続できるか。いずれ訪れるだろうスランプの時期を迎えた時にこそ、真の力が問われる。まずは、自己最多となる5本目。それはそのまま、移籍1年目の「藤王越え」と相成る。

 

 

(※1)ドラゴンズ裏方人生57年

 

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