あれほど熱心に‥‥というほどでもないが、人並みに【スクール☆ウォーズ】は視ていた“つもり”だった。
なのに、なにひとつラグビーのルールを知らない自分。ワールドカップが自国開催でテレビ観戦するにあたり、最近ようやく“おぼろげながら”つかめてきたけれど、それでもまだ、いまいち盛り上がり方が分からない。ボクは、あのドラマの一体何を視てきたのだろうか。‥ある夜、そう物思いにふけった。
憶えているのは、ラグビーの試合以外でのシーンがほとんどだ。荒れ狂う学校であったり、岡田奈々と間下このみの母子、夫婦を演じた梅宮辰夫と和田アキ子が営む中華料理屋あたりの記憶ばかりで、肝心の試合内容および詳細な結果なぞ、何一つ憶えていない‥といった方も、実のところボク以外にも結構いらっしゃるのではないか。ラグビーよりも、滝沢賢治を中心とする「人間模様」に魅せられた視聴者の方が、圧倒的に多かったのだ――
こうして、筆者は自らをも擁護したのであるが、たしかに「人間模様」が特異でなければテレビドラマとしては成立しない。試合(ラグビー)メインなら、おそらく、あそこまでの人気は博さなかっただろう。
‥ドラマではないけれど、ある集団・環境に置かれた人々について、たいへんユニークに綴られていたのが、先日発売の週刊朝日。今記事では、そんな珠玉エッセイ群の一部を取り上げてみよう。
◇ミッツマン・グローブ【アイドルを性せ!】
《運命の1991年と「忍者」》
ちょうどSMAPが解散する年あたり、過去の苦労話として『披露できる歌番組が少なかった』というのは、あらゆる媒体で語られてきた。バブル期に栄華を極めた光GENJIの人気低下とともに、ジャニーズそのものの停滞。
SMAPの躍進によって、ふたたび“王国”が輝きを取り戻す分岐点となったのが1991年‥‥そう説くミッツマン氏。さらに「光GENJIとSMAPの間」にデビューし、“一時期”脚光を浴びた、忍者というグループにフォーカスしている。
‥忍者とは、懐かしい。当該記事を読んだあと、自分も気になって調べてみたら、すでに芸能界から身を引いている者もいて、何やら悲哀を感じさせる。わかりやすくホスト業界に転身したメンバーもいたようだ。同号では新宿「愛本店」の特集が組まれ、そこに載っていた壮年のホストが少し「忍者」ぽかった(本人ではない)。
‥そういえば以前、マツコデラックス氏もテレビ番組の中で言及していた。忍者とは、オトコにウケるグループでもあったのか。なかなか稀有である。
◇カトリーヌあやこ【てれてれテレビ】
《壽賀子の感度が今すぎる令和「渡鬼」はウェブ系》
9月16日にTBS系列で放映された【渡る世間は鬼ばかり】3時間スペシャルに斬りこむ。五月(泉ピン子)が「ユーチューバー」になったという、いつにも増して特異だった回を、この嬢が突っ込まないワケがない。
なるほど、このドラマは橋田先生が今思っているコトを五月たち出演者が「代弁」していたのか。意識はしていなかったが、たしかに近年、死にかんするネガティブな話題、セリフが多くなった‥気もする。
今後は『渡るウェブは鬼ばかり』になるのではないかとの見解を示す。五月よりはウェブをかじっている者から言わせてもらえば「料理動画」をアップして人気者になれるほど、現実は甘くない。‥そう、カトリーヌ経由で橋田先生に伝わってくれたらいい。
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◇内館牧子【暖簾にひじ鉄】
《思い出供養》
だいぶ端折って話すと、高校の同窓会に何度誘っても来ない「むかし仲のよかった」同級生がいた。そんな同級生を訝しく思いながらも、時は流れ、同窓会メンバーの訃報を伝えるため再度連絡を取ってみれば、電話口でずいぶん素っ気ない態度だったという。話を訊けば、その亡くなった彼女が大嫌いで、彼女が理由で、同窓会にも頑なに足を運ばなかった‥。これがコトの真相。
高校時代、故人からイジメを受けていたのを、50年経った今も根に持っていて、一方のイジメた側は記憶になく、むしろ「仲がよかった友達のひとり」とさえ思っている‥。その顛末を内館氏は独自な表現の仕方で締めくくっていたが、身につまされた。
何年、何十年経とうが、消せない想い‥。「怒り」のエネルギーとは、かくも恐ろしい。