先日、とある場所で、とある女性と食事をしてきた。
早速だが、ヘコんでいる。
その女性は初対面だったが、自分でも驚くくらい趣味が合い、たいへんに盛り上がった‥ように、少なくとも僕は感じていた。具体的ではないにせよ、次回の約束も取り付けた。
妻子ある身でありながら‥という展開が、本当は好きなのだが、幸い僕は独身。向こうも独身。恋愛にいたるに、何ら障害はない。初対面の彼女を、不覚にも、僕はおおいに気になってしまった。
途中、自分の記憶では『眠くなってきちゃった』と三回、つぶやくように彼女は言った。
ん??
非情に、意味深である。‥様々な捉え方ができるが、健康な男子なら、このまま「ホテルへGO」的な妄想をかき立てられてしまう。動揺の色を出さぬよう、平静に取り繕いながら、僕はあらゆる思考を張り巡らした。
外はまだ明るく、アルコールも含んでいない。本当に眠いだけなのかもしれないが、あえてそれを口に出すということは、僕は彼女に退屈をさせているのか‥‥。「帰りたい」の合図?いや、だがしかし.....
昔だったら、そのまま突っ走っていただろう。なにせ彼女は磯山さやか似の美人だった。しかし、僕ももう、秩序をわきまえた大人になった、つもりでいる。そして何より、磯山似とは初対面なのだ。仮にそうなったとして、一時的な快楽を味わえたとしても、彼女との関係を長期的に展望すれば、それは決して最善とはいえない。「性」の対象ではなく、あくまでひとりの女性として‥‥僕は彼女を意識し始めていたのだ。
したがって、“食事のみ”で終わりにし、『今日のところは、とりあえずこれでOK!』と自分に言い聞かせ、帰路についた。僕らには、まだ「未来」があるーー
カノジョのイメージ
あれから数日たった。描いた未来予想図は、音を立てて、崩れ落ちてゆく。
食事後のLINEからして、どこか様子がおかしかった。お礼のLINEをしたら、返事がない。しばらくし、かろうじて「既読」にはなったが、依然音沙汰なし。この時点で食事代を持った僕の身からすると、大きな減点対象に値するが、なんといっても向こうは磯山似である。
大甘で、再度、様子を窺うための簡素なラインを送ったら、今度は「既読」にすらならなかった。この時点で考えられるのは、ひとつ‥。まさかのブロック!?
相手に読んでももらえない、未読スルーとは、非情に残酷な行為である。なかには、これで病んでしまう者もいるらしいが、解る気もする。
それよりも、なぜ僕は彼女に「スルー」されてしまったのだろうか‥‥。
食事はおおいに盛り上がり、共通の趣味も多数あった。いくらなんでも、そこまでして嫌われる要素は自分になかったはずなのに。となると、やはり「女からのサイン」をはき違えたことか‥。『眠くなってきちゃった』発言の真意は
帰りたいではなく、ヤリたかったのか!?
最近は男よりも肉食な女性が多いと訊くが、よりによって御年30を越した自分なんかに‥。今まで出会ったことのないタイプだけに、戸惑いもあったのは事実だ。
と、突然彼女との会話の中にあった話を思い出した。劇団に以前所属していたようで、現在も芝居に興味は持っているらしい。もしかすると、彼女は、僕のことなど端から何とも思っていなかったが、相手に嫌な気持ちはさせてはなるまいと、懸命に「好みのオンナ」を演じてくれていたのであろうか‥。
そう思うと急に彼女が健気で、また別の意味で“デキる女”に思えてくる。たしかに、おかげで僕は愉しい一日を過ごすことができた。
しかし、「飯代」と引き換えに、それも一日で終わり。僕が勝手に描いていた「未来」など、彼女の方にはあるはずもなかった。未読スルーも理由(ワケ)、これも点と点が繋がった。
最後に一言だけ、磯山似に言っておこう。少しでも僕をその気にさせた、貴女の女優っぷり。実に見事であった。