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【下手したら「埼玉西武ライオンズ」最強だった説&ラスト・メッセージ「プロ野球」ここまで言って委員会74】メランコリー親父のやきう日誌 《2021年7月05日版》

自分の知らぬ間に「恋人」、別の視点なら「最高の顧客」を奪われていた気分........

 

 

つい数年前まで、巨人にとってそれは北海道日本ハムのはずだった。選手間の行き来も活発、頻繁にトレードが行われていたのに、今では東北楽天が本命、上得意となった。

炭谷銀仁朗が金銭トレードで楽天移籍の報‥。GMも兼ねた石井一久という男は、なかなかのやり手である。界隈でさんざん放出がウワサされていた小林誠司には行かず、炭谷に行くあたり、しかも交換要員なしで、経験豊富な捕手を手に入れてしまうのだから恐れ入る。

 

楽天ライオンズ」。ネット上で、そう揶揄されていた。炭谷を含めた元埼玉西武の選手がこのチームには多いからであるが、それぞれが投打の主力として活躍しているのだから、名ばかりの選手を集めていた、平成時代の巨人とはちがう。実に的を射ている。むろん、石井のコネクションも、多少は働いただろうけれども。

 

しかしながら「楽天ライオンズ」の面々をあらためて確認してみると、FA組に岸孝之と浅村栄斗‥。牧田和久は自由競争で、涌井秀章はトレードでの獲得‥。プロ野球ファンなら言わずと知れた、ものすごいメンツである。

退団の経緯は各々ちがうが、これだけの選手たちに出てゆかれながら、毎年上位に顔を覗かせる埼玉西武も、ある意味すごい。さらに付け加えるならば、ほぼ同時期に菊池雄星秋山翔吾も、メジャー球団に持っていかれた。

‥裏返せば、これらの選手がもし今もチームに残っていたなら、埼玉西武という球団は向こう何年も優勝していたのではないか。想像したら我が北海道日本ハムファイターズとは比較にもならない、壮大なスケール感である。

 

 

L時代の涌井

涌井秀章―埼玉西武ライオンズ (スポーツアルバム No. 22)

(C)amazon

 

 

大島康徳氏死去

 

トレード話に付随し、筆者が物心ついてから経験した初の「大型トレード」は、大島康徳を絡めた中日とのトレード。当時、もう40歳手前の頃で、選手生活晩年という印象が色濃かったが、それでも「元本塁打王」の獲得に、私も色めきだった。

 

まさか、7年も日本ハムで現役を続けるとは‥。引退時は44歳。中日と比べ、弱小のハムではクリーンナップも担った。ただ、試合に出続けたおかげで悲願の2000本安打も達成。「あと1本」がなかなか出なかったのも、今となれば良い思い出だ。

 

 

ちょうどガン闘病を機に、週刊ベースボール誌上で連載を持った。あの当時、余命一年とも言われていたらしいから、そうした闘病記の類であったり、球界への「遺言」的なものが送られるのかとばかり‥。だが、氏は元気だった(笑)

自身の監督時代を含めた球歴までも数年かけて余裕で振り返り、振り返り終わった最近では、今の野球界についても度々言及していた。OBゆえの辛口ながら、ふたたび弱小となったハムを、けっこう気にかけていた文体。アレがもう見られなくなるとは‥。

 

最後のブログ、ヤバかった。『楽しかったなぁ』そう回顧した、氏の野球人生。皆がそんなふうに逝けたなら、なんと幸せだろう。

 

さようなら、そして、ありがとう。日ハムファン、全国のプロ野球ファンから哀悼の意を込めて。

 

ameblo.jp

 

 

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