1月22日付 読売新聞「Single Style」でのインタビュー記事【バッタの「婚活」には詳しい】のヘンテコ見出し。
バッタといったら、もしや‥‥。やはり、昆虫学者の前野ウルド浩太郎氏が主。以前、バッタにまつわる著書を読んだことがあった。
何かと思って読み進めたら、独身の氏は近ごろ、婚活を始めたのだとか。バッタの生態、雌雄の事情には誰よりも詳しいのに、自分の結婚には『臆病になってしまって』。バッタの相変異を解明し、群れを制御する知性を持ちながら、ホモ・サピエンスの女性との距離感には、めっぽう疎い。まるで「世にも奇妙な物語」のような実話。
そんなバッタ博士の独白を頭の片隅に置きつつ、筆者は日曜昼下がりの【ザ・ノンフィクション】を視ていた。サブタイトルは「結婚したい彼と彼女の場合 ~令和の婚活漂流記2026~」。
そこで展開されていたのは、結婚相談所カウンセラーによる「見た目」への徹底的な検閲だ。髭の濃さ、白髪の有無‥服のダサさ。カウンセラーは段階を経ながら、それらを「女性に好かれない要因」として排除するよう、男性に迫る。
もちろん、最低限の清潔感はマナーだろう。だが、男視点で見れば、どうしても腑に落ちない違和感が残る。はたして見た目さえ変われば、この不条理な戦いは終わるのか?
髭を脱毛し、白髪は染め、服も新調して、個性を「標準仕様」へと削ぎ落した先に待っているのは、血の通った対話ではなく、さらなる「条件の品定め」ではないのか。当該カウンセラーが行っているのは、ショーウィンドウに並べる商品から「生活感」という名のノイズを排除する作業に過ぎない。‥内実、アドバイスという名の「検品」である。それは相談者を輝かせるためではなく「売りやすい」パッケージを作りたいだけではなかったか。
前編で、ひとりの男性が激しく叱責されていた。見合い相手の女性がLINEでメッセージを送ったあと「10日間も自分から連絡を入れなかった」ことが理由だ。
だが、待ってほしい。通信は双方向のものだ。相手の女性(男より年上)もまた、その10日間、彼を放置していたのではないか? 女性側の沈黙は「待ち」として許容され、男性側の沈黙だけが「積極さがない」などと糾弾される。この非対称なルールに、筆者は怒りにも似た違和感を覚えた。
そもそもの元凶が「仮交際」というシステム。女性は男に転職を勧め、外見にダメ出しをし、自分好みに「リフォーム」しようとした。それに、彼も必死に応えた。しかし、彼女はあっさりと別の「条件の良い男」へと乗り換え、彼を捨てた。
相手のキャリアや容姿を否定し、半ば「リフォーム」を強要しておきながら、完成も待たずに別の新築物件(好条件な男)へ乗り換える。そこにあるのは「愛」ではなく、ただの「在庫の比較」だ。「仮交際」なるシステムは、他人の尊厳を削り取る、一種の免罪符となっていないか。
「ルール上」は、たしかに問題ない。だが、そこには一人の男性が勇気を振り絞って自分を変えようとした「心」へのケアが、あまりに欠落していた。
(C)amazon 今回の博士は、マ ジです
結局、昆虫の世界よりも、人間界の婚活の方がよっぽど「世にも奇妙な物語」だ。『自分を変えろ』と迫られ、必死に走った挙句、効率という名の下に使い捨てられる。
前野ウルド氏が『臆病になった』と語ったのは、単なる弱気ではない。これほどまでに残酷で理不尽な婚活システムに対する、自己予防的な「生存本能」だったのではないか。
今日も、誰かが「標準仕様」に自分を塗り替え、砂漠のような婚活市場へと消えていく。その背中に、サンサーラ‥あの物悲しいメロディが重なって見えて仕方がない。
