ベネズエラ戦に敗れ、過去ワースト「ベスト8」止まりに終わった、侍ジャパン。
案の定、敗戦の直後SNSには「ネトフリ 解約」の文字が躍った......
WBCを観るためだけに「月額の入場料」を払った野球ファンにとって、侍の敗退は劇場の閉鎖を意味する。だが、その指が解約ボタンの上で一瞬、躊躇する。‥なぜか。それは、Netflixが用意した「野球中継の新しい景色」に、我々は思いのほか毒されていたからだ。
常に同じ解説者が同じような檄を飛ばし、精神論を説く、地上波のワンパターンな人選とは一線を画す、Netflix独自のキャスティング。その新鮮な視点は、野球というスポーツを、別の角度から照らし出す魅力に溢れていた。
その上、ふと目に入った独自コンテンツの数々。‥かくいう筆者もその誘惑に負け、話題の【ラヴ上等】を覗いてみた一人だ。ドロドロとした、しかし抗えない人間の業を描く、その世界観‥。
「ネトフリ側」の戦略は、ここにある。WBCという「巨大な撒き餌」で呼び寄せた数百万の視聴者のうち、たとえ2割でも、こうした話題作や4K高画質の罠に留められれば、彼らの「侍戦略」は御の字、いや大勝利なのだ。
侍は敗退し、我々は夢から醒めた。しかし、解約の嵐が吹き荒れた後に残る「2割の残留者」こそが、静かなる「変革の種」になるのかもしれない。
試合中、不意に流れた大会応援ソング。【タッチ】である。かつて岩崎良美が爽やかに、どこか切なく唄い上げた青春の調べを、B’zの稲葉浩志が超弩級のハイトーンシャウトで塗り替えていく。
『お願い、タッチ、タッチ』
‥いや、それはもう、甘酸っぱい「お願い」などではない。魂と魂が音速で激突し、火花を散らす、激突(クラッシュ)の咆哮だ。だが、その過剰なまでの熱量が、Netflixという洗練されたデジタル空間の中で、どうにも拭えない違和感として浮き上がる。
最高画質の映像が映し出す「静謐な芝生の緑」と、稲葉の「爆音シャウト」。‥このアンバランスな「異質観」こそが、地上波という開かれた空気を遮断し、サブスクの壁に囲まれた、このクローズドな熱狂を象徴していたのではないか。
(C)amazon 画像はイメージ
大会アンバサダーを務めた渡辺謙が前回大会を観ての感想をこう言った。『映画だとしても出来すぎだ』と。
確かに、当時の侍ジャパンは、栗山英樹という稀代の演出家が、大谷翔平という「神がかり的な主演俳優」を最高に輝かせるために周到に用意した、文字通りの「映画以上の映画」だった。
振り返れば、あの時もそう。勝った方が日本シリーズ進出の2016年、クライマックスシリーズ。最終9回裏のマウンドに大谷を立たせたあの采配は、もはや野球の定石を超えた、観客の魂を揺さぶるための「最高のエンディング」だったのである。
翻って今大会。井端弘和監督を責めるのは、あまりに酷というものだろう。彼はどこまでも誠実な「野球人」であり、勝利を積み重ねるために呼ばれた男。決して「プロデューサー」ではなかったのである。
最高級にクリアな解像度を誇った「劇場」が用意され、稲葉浩志のシャウトという「豪華な劇伴」が鳴り響いても、肝心の現場に、観客を熱狂の渦へと誘う「シナリオ」が不在だった。
スクリーンが鮮明であればあるほど、そこに描かれるドラマの希薄さが、皮肉にも際立ってしまう。Netflixが用意した贅沢な観客席で、我々がその目に焼き付けたのは、シナリオなき「現実」が淡々と進行するだけの、極めて解像度の高い無機質な風景だったのではないか。
次回大会。大谷やアーロン・ジャッジといった猛者が再び高めてくれるであろうWBCの盛況を、今度はどの「劇場」で観るのか。侍たちのドラマが再び動き出すその日まで、ワシはこのネトフリという名の高画質な「密室」で、次なる物語を探し続けることにしよう。
