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【サングラスの奥の不屈~新旧「タモさんマネ」が紡ぐ終わらない 昼下がりの魔力「テレビ」ここまで言って委員会35】メランコリー親父のやきう日誌 《2026年3月21日版》

とある昔の動画を視ていて、心が和んだ。

それは、東京都知事時代の石原慎太郎が実弟・裕次郎‥ マネを十八番とする、ゆうたろうと対面し、顔を綻ばせるといったシーン。あの、いかにも厳格を絵に描いたような慎太郎が、一瞬にして破顔する。‥その光景に、筆者は改めて「モノマネ」という表現が内包する、抗いがたい魔力を思い知らされたのだ。

 

7日放送分の【ネタパレ】は、題して「日本一面白いモノマネ芸人決定戦」。人気だった「細かすぎる」の魂を継承したこのステージで、ワシは至福の時を過ごした。

画面に現れたのは、今やこの手の番組に欠かせぬ、ジョニー志村。彼が体現するのは、令和のタモリではない。昼の顔としてお茶の間に君臨していた、あの「往時のタモリ」である。

【笑っていいとも!】が幕を閉じて、早12年。若い世代には「知識」としてしかないタモリ像かもしれないが、昭和・平成を駆け抜けた我々世代にとって、ジョニー志村が放つ「間」や「佇まい」は、もはやモノマネの域を超えている。それは、記憶の引き出しに仕舞い込んでいた「賑やかな昼下がり」を、鮮烈に呼び起こすスイッチなのだ。

本人が年齢を重ね、時代が変わろうとも、モノマネ芸人の肉体を通じて「あの頃」が不変のまま立ち上がる‥。そのノスタルジーこそが、このマニアックな芸が持つ、最大の魔力なのかもしれない。

 

ジョニー志村の「今」から遡ること、数日前。筆者はYouTube【街録チャンネル】に映る、コージー冨田の姿に釘付けになった。

糖尿病を患い、視力を失いかけながらも、カメラの前で「タモさん」を降臨させるその姿。痛々しさよりも先に、表現者としての凄まじい執念が画面を突き抜けてきた。

振り返れば、2000年代。モノマネ四天王という巨大な壁のあと、変質を遂げるテレビ界特有の「大人の事情」に翻弄されながらも、彼は自らの居場所を探し続けた。その苦闘の果てに辿り着いたのが、あの憑依的なタモリ・マネだったという事実に、ワシは胸を突かれる。

目が不自由になった今の彼にとって、モノマネとはもはや模写ではない。音の世界で対象と魂を共鳴させる、暗闇の中の「聖域」なのだ。かつてスターダムを駆けあがったあの芸が、今は彼の生命を支える「希望」として響いている。

 

(C)amazon 「本家」は近年すっかり文化人な様相に

知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?

 

考えてみれば「いいとも」が幕を下ろしたあの時、我々は一つの時代に別れを告げたはずだった。しかし、12年という歳月が流れてもなお、ジョニー志村がサングラスをかけ、コージー冨田が不屈の喉を鳴らすたび、あのお馴染みの「昼下がり」は鮮烈に甦る。

モノマネとは、単なる模倣ではない‥‥。それは、本人が立ち去り、時代が移ろったとしても、人々の心に残る「大切な記憶」を、芸人の肉体を通じて守り抜こうとする、あまりに切実で温かな抵抗なのだ。

石原慎太郎がゆうたろうの姿に亡き弟を重ね、破顔したあの瞬間のように‥。視聴者がコージー冨田の『髪切った?』に、無邪気に反応してしまうあの瞬間に‥。そこには、本物も偽物も超えた、純粋な「愛」が確かに存在している。

 

明日も、またどこかで誰かがサングラスをかけるだろう。その一瞬の「魔法」がある限り、我々の日常は、少しだけ優しく、少しだけ粋なものであり続けるに違いない。

‥さて、明日もまた、その輝きを見てくれるかな? もちろん。『いいとも!』

 

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