以前の「世にも奇妙な物語」で、ポケベルに数字のみで書かれたメッセージをやり取りし、その番号が持つ“意味”を受信者が解読する‥そんな話があった。
たとえば49-06、は「至急出ろ」。889-46、こちらは「早くしろ」といった具合に。
‥まったく偶然であったのが、この創作作品を久々に視聴していたとき、ある事件を思い出した。「闇の職安」で知り合ったとされる男3人が、帰宅途中の女性を拉致して殺害。死体を遺棄した凶悪な事件‥。世では【名古屋闇サイト殺人事件】と呼ばれるものだ。
あのタイミングで当該作品を視ていたのも、事件のことを思い出したのも‥‥そして、この本に出合えたのも、今おもえば、なにかスピリチュアル的な力が働いていたとしか思えない。巡りあうべくして、巡りあった。
大崎善生著【いつかの夏】。
すでに公にされていたから「2960」の意味は解っていたけれど、私は更なる真実を本書で知った。
事前に得た情報では、被害者の磯貝利恵さん(享年31)と、その家族に焦点を当てた書籍と聴いていたが、加害者側の素性、犯行当日や前後の出来事も、かなり詳細に記されている。途中、気分を悪くしてしまうほど、あまりに鮮明な描写‥。
もっとも正気ではない悪魔の所業を書き立てるのは、ノンフィクション作家の得意とするところだろう。しかし、そんな奴ら以上に、一般人女性・磯貝さんの生涯にスポットを当てていたのは、確かだった。
噛みしめるように、彼女の短い生涯を辿っていくと、学校生活のことであったり、進路で自分の思いどおりいかず悩んだり、母親を大切に想う心であったり‥。幾分ドラマティックに、さも「激動」であったかのように仕立て上げられた感はあるが、ごく普通の、唯一、彼女が母子家庭であったことを除けば、本当にどこにでもいそうな女性である。むしろ、これほど“普通”な人の一生を、一冊の本にまとめた著者の力量の方に感心してしまう。
変わらない、時間が止まったままの彼女のブログ。あらためて覗きにいくと、グルメレポートを実に生き生きとした文体で綴っている。しかし、これは彼女の「公」の部分だ。本の中には某SNSで書いていた日記も一部、公開されているが、ユーモラスな一面も垣間見える。幼少の頃からイラストを描いたりするのが好きだった彼女‥。自らの手で何かを“生み出す”作業に、もともと向いていたのかもしれない。
著者が彼女に関心を持った理由のひとつに「囲碁」がある。囲碁カフェに通いだしたのは死の数カ月前という、だいぶ“遅咲き”なデビュー。我を忘れるほど夢中になれる趣味を見つけた彼女は、そこで大きな出逢いもあった。のちに彼氏となる人の存在である。一気に華やぎ始めた、あの夏の日々‥。
彼氏との初々しいメールのやりとり。恋をし、ようやく手にした愛を、懸命に育もうとする、楚々な女の姿がそこにあった。磯貝さんは、たしかに仕合わせだった。
犯人に問いだたされた、キャッシュカードの暗証番号。地獄の車内で、母親に家を買うために貯めた預金を最後まで守り抜いた。「2960」。発覚当初、この偽の暗唱番号が意味するものに、正直私も懐疑的な部分はあったのだが、すべて合点がいった。彼女の「愛」が、理不尽な暴力に打ち勝ったのである。
読後、これまた久々に、自分もGLAYを聴きたくなったーー