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センテンス・オータム

ディープ・マニアック・鋭く「DMS」 様々なアレについて... (シーズン中は野球ネタ多し)

「桜桃忌」に際して 1

多くのファンは10代の頃に出合い、深い感銘を受けたと訊く。彼らに比べたら、私はかなり遅い方となる、30代になってから、本格的な“太宰デビュー”をはたした。

 

正確には【人間失格】、あれは読もうとした‥のだが、途中で挫折してしまう。太宰治にしては珍しい長編。延々続く、自殺願望だのといった、独特な重苦しい世界観に、あの頃の私には耐えられなかった。

 

 

だいぶ時が流れた、ある日。ひょんなことから、転機が訪れる。図書館で借りていた本を私が破損させてしまい「代本」を請求された(弁償ではなく、同等価格の新しい本を自費で購入して返すパターンを用いる図書館が昨今多い)。そのとき、図書館側から“指定”された本が、角田光代のものだった。

せっかく身銭を切ったのだからと、図書館に“返納”するまでのつかの間の間、パラパラと中身を眺めていると、そこに【斜陽】の書評が載っていた。この作品で「全国区」になったとされる、いわずとしれた太宰治作の小説である。

 

‥作家・角田光代の書評は、私をふたたび太宰に駆り立てた。あの当時、もしかしたら自分も恋愛をしていたからかも知れない。だから、おおいに気になった。『人間は恋と革命に生まれて来たのだ』『しくじった、惚れちゃった』とは、どこから繋がって、いったい何を意味しているのか‥‥。こうして、約一年間にわたる、太宰治の作品と向き合う日々が始まった。

 

 

斜陽 (新潮文庫)

 

 

件の【斜陽】は、予想どおり、私を虜とした。まず驚いたのは、これが、本当に男の書いたものなのかと‥。女性目線で描かれているとはいえ、筆致があまりに女性的。のちに、実在した女性が書いた日記を元にしてつくられたことを知るのだが。

妻子ある芸術家を愛してしまった、ひとりの女の運命。母親が没してから「戦闘開始」の号令とともに、堰を切ったように猛アタックをしかける彼女は、若干狂気じみている。その恋を成就させるためだけに生きていたのだ。

成就‥できたのかどうかは、おそらく読者各々の判断に委ねられるところだと思うが、彼女は「勝利」したといっていいのだろう。ある目的を完遂させたのだから。終章で明かされる彼女と、その弟。芸術家と、その妻。‥四者が織りなす人間模様に、最後、私はしてやられた。

 

 

角田氏の本にあったように【斜陽】は傑作だった。これにすっかり魅了された私は、次々と読み漁ってゆく。この歳になって、太宰の書いた作品たちが、こんなにも自分の感性にフィットしようとは。

彼のファンがよく口にするらしい『自分のために書いてくれているよう』‥あるいは『自分は太宰の生まれ変わりだ』と名乗る、某芸人まで‥。彼らの気持ちも、今ではなんとなく解る気がする。

一度は挫折した私も、大人になって“ようやく”太宰の作品を受け入れられるようになり、少しずつだが、理解できるようにもなった。次回は、斜陽以外に‥斜陽以上に、筆者が愛でた太宰作品について、触れてみたい。