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【「池江選手」報道について&超ヒール助っ人】エースのやきう日誌 《2019年2月16日版》

 『一人の生命は地球より重い』

 

そう殊勝に述べていた、かつての総理大臣。それに引きかえ、まがりなりにも要職に就いている下の男は、この場に及んで、何を言い出すのだろう。“五輪人気”なんかどうでも良いではないか。彼女が無事でいてくれたら、それだけでいい。‥‥池江!!

 

帰ってこい

 

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関連記事にあった、岩下修一さんの名前。 現ファイターズの打撃投手。‥懐かしかったなぁ。白血病をやっつけて、現役に復帰したという。こんな“強い”投手が、たとえ1年でも現役でファイターズにいてくれたことを、自分は誇りに思う。

やっぱり、夢を持つことは大事なんだね。岩下さんだって『もう一度マウンドに立ちたい!』その一念で乗り越えてきたわけでしょう?‥‥脳の病気を患った、盛田幸妃さん。もともと治療が困難なうえ、同じ病で亡くなられた野球選手も、以前にいた。本当はめちゃくちゃ怖かっただろうし、自棄になった時期もあったと訊いたけれど、それでも再び真剣勝負のマウンドに立つことができた‥‥。

彼らのなかに「野球」があったように、池江にも「水泳」がある。復帰へのモチベーションが、病に打ち勝つための手助けをしてくれるはずだ。世界の頂きにまで上りつめたあなたも、きっと、その壁は乗り越えられるだろう。

 

 

 一時期「ハム入り」の噂もあったソーサ

月刊メジャーリーグ 1999年1月号 サミー・ソーサ

 

 

連載企画【私と平成ハム12】

 

◇フランクリンの受難

 

 メジャーリーグマグワイアと熾烈な本塁打王争いを繰り広げた英雄、サミー・ソーサに似ている‥‥という触れ込みだったけれど、眼鏡をかけたその風貌は、どちらかといえばオレステス・デストラーデ(西武)の方に近かった。平成11年に在籍、マイカ・フランクリン。

 

当時としては珍しい「両打ち」の外国人選手で、左右両打席本塁打を記録したこともある大砲。‥ただ、彼はデストラーデにはなれなかった。初年度に30発放って残留を決めるも、外国人枠‥以上に、同時期にいたオバンドーとウィルソン。この両助っ人は、フランクリンには“強敵”すぎた。

出場機会を求めてタイガースに渡るも、ほぼ時を同じくしてオバンドーが故障。大阪とも、相性はよくなかった。‥今風にいえば、つくづく“持ってなかった”偽ソーサ、もとい「偽オーレ」。

ゆえに、あなたで思い出されることといえば、際どい内角球をめぐり、よりによってデビュー戦の松坂大輔に食って掛かった悪態ぶり。そして、優勝目前のホークス戦で“まさかの”同点グランドスラムを敵地で放ち、湧き上がる観客を一瞬で静かにさせた、相変わらずのKY(空気読まない)っぷり‥。

 

だが、そんなヒールなあなたも、私たちは嫌いではなかった。しかと見届けた、その長打力。チカラは確かにあった。あなたに足りなかったのは、一年目に『えぇで』と褒めてくれた上田利治監督のような“味方”ではないだろうか。こういった選手に対する扱い方にも長けていた監督。

 

「フェイク」もおだてりゃ木に登る――

 

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