「アンチ東京五輪派」の自分は、そもそも国立競技場をリニューアルするのも、良くは思わなかった。無事、完成したからいいようなものの、急ピッチで仕上げたせいか、当初予定されていた新国立競技場とは、だいぶ違った造りになったそう。
たかが二週間強の祭典のために、多額の予算を費やして、閉幕後の扱われ方も、今のところハッキリ定まっていないというのだから、笑うしかあるまい。いくら“五輪あるある”とはいえ。
五輪のマラソン競技が札幌開催‥‥というのも、わりと大きなトピックになった。「アンチ」の私はむろん、どちらでもよかったのだが、下の本を読んで考え方が少し、変わった。
前回の東京五輪、胸に日の丸をつけた円谷幸吉が二番手として国立競技場に姿を見せた瞬間、満員の観客は総立ちだったという。結果、イギリスの選手に抜かれ、円谷選手は3位‥銅メダルとなってしまうのだけれど、それでも国民の熱狂は“しばらく”収まらなかった――
松下茂典著【円谷幸吉 命の手紙】。今年になって読んだ本の中では「超ド級」の衝撃を受けた。この度、関係者に向けてマメに送っていたとされる同選手の手紙が著者の丹念な取材によって発掘され、それをもとにし、波乱に満ちた人生を振り返ったものである。
川端康成らが“絶賛”していた『美味しうございました』あの遺書は、あまりにも有名で、これは私も存じていたが、そこへ至るまでの経緯、コトの真実、円谷幸吉という人間をあらためて知るにあたり、とても平静を保てなかった。五輪後の円谷氏に、ありとあらゆる外的・内的な不幸が、立て続けに襲ってきているのだ。
自死の要因のひとつに挙げられる、最愛の人との「婚約破棄」。我々が知る以上に、事態はもっと複雑で、哀しい。あの狂騒曲のなかで、彼女と一体なにが起きていたのか‥。そして「謎の女」と表されている、一部の関係者にしか知らされていなかった“新たな恋人”の存在‥。度重なるケガに加え、私生活での不安定ぶりが、ますます氏を追いつめていった。
それは「手紙」の内容にも如実に表れており、ほとんどの人が円谷氏の最期を知っているだけに、終章へ向かっていくのがよけいに辛い。終いの郡山でのエピソードも、もう救いようがないほど哀しく、できるなら、そのくだりは目にしたくなかった。‥序盤の、幸せだった頃の手紙が違って見えて、また別種の哀れみを覚えてしまうから。
「札幌変更」が、世間でどう受け止められているのか私には判らないが、この本を読んだ以上、当時と変わらない東京の“旧国立競技場”で、誰か別のランナーを円谷幸吉の姿に重ねてみたかった。本音である。
《参考》