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【清宮よりむしろ心配な元甲子園スター?&彼らは「広島市民球場」にいた「プロ野球」ここまで言って委員会66】酔っ払い親父のやきう日誌 《2021年6月03日版》

一向に明るい未来が見えてこない........

 

 

その日、試合を観れなかったのだが、スコアテーブルを眺めているだけで哀しい気持ちになった。

1日のイースタン巨人戦、中田翔が久々に出場。「4番一塁」の定位置で、最終打席でレフトにヒットを放つ。下を見れば、最近すっかり存在感が失せた中島卓也が「8番遊撃」で先発出場していた。2四球を選んで「持ち味」を発揮するも、もらっている年俸からして、彼らの居場所は当然、千葉県鎌ケ谷市の方ではない。

中田の後を打つ清宮幸太郎は、指名打者の出場で4タコ。おまけに2三振。相変わらずだ。いつしか打率は2割1分台にまで下がっている。

投げては先発の吉田輝星が4回8被安打6失点の大乱調。のちに映像でも確認したが、渾身のストレートをいとも簡単に、巨人2軍選手たちに弾き返されていた。吉田の後を継いだ柿木蓮も2回で2失点‥。ドラフト同期のふたりが計8失点で、試合の大勢は決まった。

 

期待の若手も思うように伸びてこず、頼みのベテラン、中堅勢も機能せず。これには日刊スポーツで【ファームリポート】なる連載を持っている、OBの田村藤夫氏も首をひねるばかりだ。

 

www.nikkansports.com

 

 

毎年繰り返される中田の不振はともかく、吉田の、ここまでの伸び悩みは、ハッキリ言って計算外だ。前出リポートにもあるように、球速はこの日にかぎらず、ずっと上がってこない。

直球主体の投球が、今、ファームでかろうじて通用しているレベル。‥プロ入り後でいえば一軍で勝ち星をあげた、一年目のときが、けっきょくは一番よかった気がする。三年目の吉田は球速150キロ以上はおろか、140キロ台半ばに届くのも多くない。むろん、投手は「速さ」だけが大事なのではないけれど、そのストレートも簡単に打たれているのだから、球威もないのだろう。金足農時代の『ホップする直球』が年々観られなくなっているのは気がかりだ。

栄光のドラフト1位。かつ甲子園を沸かせた、秋田県民の星‥。吉田の不振は、もはや北海道日本ハムファン方だけの問題(関心事)ではない。高校通算111発で、当時話題を独占していた清宮といい『育成のファイターズ』とやらは、オイオイ本当に大丈夫なのか。

 

 

◇彼らは「広島市民球場」にいた

 

 

1日から始まった、広島東洋カープとの交流戦inマツダスタジアム

交流戦開始の2005年以降、北海道日本ハムは広島を最大の「お得意様」としており、2016年には日本シリーズで戦い、日本一までさせてもらった、私としても愛すべき球団だ(笑)

 

この比較的近代の、カープ歴史を振り返っているうちに、懐かしい名前が‥。

「ボール犬」ミッキー君だ。訊けば、もうだいぶ前に天に召されていたとか。「現役中」は書籍化もされて、野球カードにもなっている。まだ弱かった時代、カープ女子が誕生する前の広島の野球好きたちに、最高の癒しを与えてくれたミッキー。彼の愛らしさは、やはり、どんなマスコットでも敵わない.......

 

在りし日のミッキー

ボール犬ミッキー

(C)amazon

 

 

1990年、突如「全国デビュー」をはたした「蜘蛛男」の存在も忘れられない。忍者のような出で立ちで、旧広島市民球場のバックネットをスルスルと昇り、巨人ファンを侮辱する垂れ幕を下げた、あの男(したがって別名:忍者男)。昔の珍プレー集などで、よく取り上げられていたのが懐かしい。

筆者の記憶が正しければ、ネットから降りてきた際に脚を負傷(骨折か?)。怒りに満ちた、ファーストを守る巨人・駒田の表情が印象的だった。

試合を中断させ、法を犯し身体を張ってまで男が本当に伝えたかったこととは一体何だったのか。ほとんどの人が結末に何ら興味も持たぬ、広島のミステリーである。

 

 

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