センテンス・オータム

ディープ・マニアック・鋭く「DMS」 様々なアレについて... (シーズン中は野球ネタ多し)

【お台場タイムマシンの限界「リバイバル」という名の延命治療「テレビ」ここまで言って委員会32】メランコリー親父のやきう日誌 《2026年2月19日版》

年始のテレビ欄を見て、自分の視力がバグを起こしたのかと思った。

【なるほど!ザ・ワールド】に【クイズミリオネア】。画面に踊るのは、かつて昭和・平成の茶の間を熱狂させた「黄金の遺産」たちだ。だが、最高視聴率36.4%を叩き出した愛川欽也の軽妙な語りも、みのもんたの『ファイナルアンサー?』という心臓を逆撫でするような沈黙も、今やスマホ一台で正解に辿り着ける令和のタイパ主義の中では、どこか所在なげに浮いている。

 

結局、これらのリバイバルが証明したのは、過去の演出をなぞっても「あの頃の熱気」は1円も買い戻せないという残酷な現実だ。フジテレビの迷走は、クイズ番組だけに留まらない。その矛先は、同時期にいくつもの伝説、高い視聴率を生んだ、ドラマにまで及び始めている。

 

まず【101回目のプロポーズ】の続編が、企画・鈴木おさむという座組(脚本:私オム)で動き出すというのだ。新タイトルは、あざとさすら感じる「102回目のプロポーズ」。

かつて野島伸司が描いたのは、泥臭い男の「狂気」にも近い純愛だった。ダンプカーの前に飛び出し『僕は死にましぇん!』と叫んだあの瞬間、武田鉄矢は間違いなく、時代の不条理に抗う一匹の獣だったはずだ。バラエティ番組をいくつも手掛けてきた鈴木おさむのこと‥。「近い」演出は、かならず捻じ込んでくると見ている。

しかし、令和のコンプライアンスフィルターを通せば、あの行為は「交通妨害」であり、執拗なアプローチは「ストーカー」のレッテルを貼られかねない。そんな窮屈な現代において、野島イズムの「劇薬」とは正反対の「ベタな話題性」を売りにする氏が、一体どんなものを創れるというのか。

101回で完結した美学を、あえて1つ積み上げて壊す。‥ふたたび武田鉄矢を引っ張り出すその姿は、敬意という名の「生きた化石の展示」に見えてならない。旧作への郷愁を甘味料に変えて、数字を稼ごうとするその姿勢に、果たして視聴者は「102回目」の魔法にかかることができるのだろうか。

そして、この迷走の波は、さらなる「劇薬」.....いや、もはや禁じ手にまで手を伸ばそうとしている。そう、あの【GTO】の大復活である。

 

(C)amazon

GTO サントラ(2)

 

一部週刊誌の報道によれば、冬月あずさ演じる松嶋菜々子の「再登板」もあるとか。つまり、鬼塚英吉演じる主人公・反町との「夫婦共演」という劇薬。それはドラマのクオリティを高めるためではなく、単に視聴率のグラフを1ミリでも上げるための「最後の一手」に過ぎない。

本来、鬼塚は「孤独で、型破りでどこまでも一匹狼」だからこそ輝いていたはずだ。現実の幸せが透けて見えるグレート・ティーチャーに、一体どんな説得力があるというのか。もはやこれはGTOではなく、単なる「豪華なホームビデオ」の延長線だ。

 

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ――

そう唄った反町隆史が今、局の顔色を伺ったリバイバル企画の旗振り役として教壇に立つ。これこそが、一番の「ポイズン(毒)」ではないか。かつて牙を剥いていたはずの男が、過去の遺産の番人として飼いならされている姿‥。当時の視聴者は何を想う。

令和のコンプラのという檻の中で、鬼塚がどんなに机を叩こうが、それはかつての咆哮ではなく「予定調和のパフォーマンス」にしか見えない。視聴者求めているのは、反町隆史の「現在の美学」であって、二十数年前の制服を無理に着た、同窓会の余興ではないのだ。

 

102回目のプロポーズに、GTOのリバイバル。お台場のタイムマシンは、過去の栄光を掘り返すことには成功したが、未来を創るエネルギーは枯渇したようだ。

結局、一番『なるほど!』と思わされたのは、テレビを消した後の画面に映る、自分自身の冷めた顔だった‥ そんなオチだけはご勘弁願いたいものだ。

 

にほんブログ村 ニュースブログ トレンドニュースへ